車井戸はなぜ軋る

付、葛の葉屏風に瞳のないこと――

 私(S・Y先生)は、知り合いの探偵から手紙一束、手記を提供される。

その手紙一式は、昭和21年K村で起きた殺人事件の関係者本位田鶴代が、次兄の慎吉に宛てたものだった。

 

 手紙には、復員してきた長兄の大助が異母兄で本位田家に因縁ある秋月伍一ではないかという疑問と、苦悩する一族の様子が記されていた。

 


原作

作者:横溝正史(1902~1981)

初出:1949年(旧題:車井戸は何故軋る)

   『読物春秋』

収録:『本陣殺人事件』角川文庫、『探偵小説名作全集4 横溝正史集』河出書房

   『日本探偵小説全集9 横溝正史集』創元推理文庫、『金田一耕助推理全集13』東京文芸社、『華やかな野獣』春陽文庫

 

 時系列でいえば、獄門島の後日談。

しかし、話中の惨劇は獄門島より一か月前になる。

 

 金田一の登場は冒頭と終盤のみ。

実際、雑誌で掲載された当時は金田一ものではなく、書籍化された際に加筆された。

その意図は不明だが、読者や出版社から金田一ものとして期待され、作者がそれを受け入れたからと思われる。

あるいは、読者を驚かせたいというファンサービスか。

 

 『探偵小説名作全集4 横溝正史集』(河出書房)の解説によると、疎開していた岡山から帰京(1948年)して初めて手掛けた作品だという。

そして書き終えて間もなく喀血し、闘病生活に入る。

 

 真偽不明の人物、手形の絵馬などは後年の作品『犬神家の一族』に通ずるものがあるが、その結末は異なる。

 



【補足1】葛の葉伝説

 安倍晴明の母といわれている伝説上の白狐の話。

伝承はまちまちだが、大まかにいえば以下の通りである。

妻である葛の葉姫と偽って命の恩人である安倍保名(伝説上の人物)と契り、童子丸(清明)を授かるも、正体を知られてしまい信太の森へ帰る。

浄瑠璃や歌舞伎、瞽女唄での話が有名。

自分は、アニメ『サムライチャンプルー』で披露された瞽女唄で知った。

 

 どの伝承でも共通し、安倍親子に対して以下の歌を残している。

恋しくば尋ね来て見よ 和泉なる信太の森のうらみ葛の葉

ここの「うらみ」は2つの意味が考えられる。

一つ目は「裏見」葛の別名である裏見草を意味している。

二つ目は「恨み」未練や悲しみを意味する。

 

 本作中の屏風絵は、瞳を描かぬことで葛の葉が人ならざる者であることを表現しているという。

動画では絵を描いて素材を自作することを試みたが断念、加工が許された素材を駆使して超抽象的な屏風絵にして妥協。

世の中には色々な葛の葉絵があるが、個人的に好きなのは月岡芳年の作品と日本画家・今岡一穂の作品。

月岡芳年の作品はパブリックドメインなので参照として載せておく。

 


【補足2】二重瞳孔

一般的には重瞳(ちょうどう)、医学的には多瞳孔症という症例。

ひとつの眼球に瞳孔が二つ以上になる。

先天的な場合は問題ないが、怪我で虹彩離断した場合の重瞳は失明の虞があるため、外科手術をしなくてはならない。

 

 古代中国では貴人の身体的特徴の一つとされていた。

その理由は、常人と異なる身体的特徴により王の権威付けをしようとしたものと考えられている。

日本でもこれに倣い、偉人を重瞳とする説が生まれたり、作品に登場する超人的人物のキャラ付けのひとつとなった。

最近の例だと、漫画『火ノ丸相撲』に登場する横綱の刃皇がいる。

 

 ゆっくり饅頭だと、現実に寄せて瞳を増やしても違いが分かりづらかったため、ハイライト追加でごまかす。

なお、画像検索して出てくる写真の多くは合成で、物によっては不快感を抱かせるものもあるのでご注意を。

 

【補足3】エミリー・ブロンテ


 大英帝国絶頂期(ヴィクトリア朝)を代表する小説家三姉妹の次女。

牧師の父が転任したハワースという田舎町に移り住んで以降、寄宿学校時代と教師時代以外はほとんどを牧師館で過ごした。

口数が少なく、家族以外での交友関係はほとんどなかったらしい。

 

 しかし、唯一の長編小説にして代表作『嵐が丘』は内気な女性が執筆したとは思えないほど凄まじい愛憎劇を繰り広げている。

当時は女流小説家に対する偏見があったため男性名で出版し、後に姉のシャーロットが本名を公表した。

また、初版時は複雑な構成により不評を買い、評価されたのは死後になる。

 

 文才に恵まれたブロンテ姉妹だが、いずれも短命

エミリーは兄の葬儀で体調を崩し、結核により30歳で亡くなる。

 


【補足4】もらい婚

 妻が死んだ後に夫が妻の姉妹と結婚する慣習をソロレート婚(順縁婚)、夫が死んだ後に妻が夫の兄弟と結婚する慣習をレビラト婚(逆縁婚)、日本では総称してもらい婚ともいう。

これら二次的結婚は世界各地で見られる。

主な目的は、培われてきた家族の資産を守ること、両親族の結束維持にある。

 

 日本では、儒教の考えにより江戸中期以降の武家で逆縁婚が忌避された以外、もらい婚は受け入れられた慣習だった。

特に戦後、妻が戦争未亡人となった場合、夫の兄弟と再婚するという事例は多く見られた。

夫が将校でない場合は遺族年金が支給されず、妻が経済的に困窮するためこれを防ぐ一面もあったらしい。

現代でも民法734条1項ただし書を根拠に可能だが、昔ほど家を守ることへの意義が重要視されていない上、生理的な意味で避けられるようになり、古の慣習になりつつある。

 


以下、ネタバレを含むので注意!


原作とスケキヨ版の違い

80頁ほどの原作だが内容が濃いため、動画化にあたりいくつか変更点がある。

  • 一部手紙や記事の改変、省略、合体
  • 小道具等(視覚的分かりやすさ優先、例:短刀→脇差、義眼→グラサン、目を細める大助と伍一の写真、二重瞳孔)
  • 状況説明を小出しにする(原作は冒頭一括)
  • 登場人物の内情省略(原作は誰が何に対してどう思っているか描かれている)
  • 葛の葉屏風の保管場所(原作では蔵から座敷に出す、そのため鶴代たちも屏風の存在を知らなかった)
  • 昭治の設定(原作は脱獄囚で指名手配犯、動画では省略)
  • 鶴代の死に対する思い
  • 金田一の名を終盤まで伏せる

いつも説明が長くなり冗長なため、今回は一括で情報開示することを避けた。

ただ、犯人を当てたいと考えて楽しむ方もおられるので、ギリギリの表現や言葉で示すことを努力はした。

それが上手くいったとはいえず、アンフェアだったかもしれない。

また、自己解釈はほぼ入れなかったが、終盤の一文は色々と思うことがあり疑問形に変更。

 


三名家の事情

本位田家

 名家の本位田家は、中興の祖・弥助の時に明治維新を迎え職を失うも、旧藩主の領地を払い下げの名目で自家の名義に書きかえ、したたかに厳しい時代を乗り越えている。

そして、次当主・庄次郎は地味だが手堅さを武器に高利貸しで財をなした。

この庄次郎の高利によって、他の名家である小野、秋月は資産をほぼ奪われ、没落の一途をたどることになった。

 今回の事件の発端となる大三郎は、弥助から数えて三代目にあたる。

大変な派手好きだったが豪胆さと確かな審美眼を持つ、貫禄ある人物だった。

しかも二重瞳孔の貴人伝説が、生まれ持った器量と地位を特別なものにする。

ただ、この「特別」であるという自信が、後々悲劇の火種となった。

 大三郎は昭和8年に急逝しているが、庄次郎の妻で大三郎の母にあたるお槇が、おとなしい嫁(大三郎の妻)や若い嫡男の大助に代わって家を守る。

大三郎の妻は、息子たちの召集で気落ちし、昭和18年に他界している。

秋月家

 名主家だったが、明治維新により衰退していく。

だが同じく名主だった小野家が土地を去る中、辛うじて名家の面目を保っていた。

 本位田の当主が大三郎の頃、秋月の当主は善太郎という人物だった。

大三郎よりも7歳年上になるが、大三郎のところへ自作の短歌を記した短冊や文人画を持ち込んで財を得ていたらしい。

しかし、己の貧しさに対する惨めさと本位田に対する反感から、帰宅後は掌を返し大三郎を罵り、妻お柳にあたっていた。

お柳が評判の良妻だったことが、善太郎にとっては余計に腹が立った。

大正6年に善太郎が倒れると、すべてのしわ寄せがお柳に向く。

見かねた本位田大三郎が見舞いの度にまとまった金を置いていくが、善太郎はそれが気に入らない、かといって金を返せとは言わない――こうしてお柳は心身共に限界を迎え、遂に大三郎と通じてしまう。

この辺りの人物像は説明が長くなるため、動画では省略。

小野家

 本位田、秋月と共に名主をつとめた名家。

維新後は秋月と同じように没落し、宇一郎の時に一家で神戸に移り文具店経営で成功を収める。

その間に、酌婦をしていたお咲を後妻に迎え、子供を5人儲ける。

ただ、宇一郎は先妻の間に昭治という息子がいたが、お咲と折り合いが悪かった。

追い出された昭治は3、4年間はK村の親類に預けられていた。

 神戸で成功した小野家だったが戦災で無一文になり、K村へ疎開の名目で戻る。

 


登場人物

本位田大助

 本位田家の跡取り。 

周りからの評価は良く、朗らかで思いやりある好青年だったらしい。

専門学校(旧制なのでおそらく今の大学にあたる)卒業すぐに結婚。

 

 復員時に人が変わったように陰気になり、人間不信に陥る。

その理由は妻を愛する故の怒り、単に処女厨の拗らせだけで犯行に及んだからというより、打ち解けることが出来たと思われた戦友秋月伍一の復讐にあったと考える。

また、戦争や伍一との因縁をきっかけに、はじめて人のむき出しの悪意を目の当たりにし、それに耐えられなかったと思われる。

 

 配役の【ゆかり】は、本家ゆっくり文庫さんの作品『犬神家の一族』と『双生児』からきている。

これ以降の配役もそれをかなり意識している。

作中ではほとんど言葉を発せず、唯一のセリフは動画では省略してしまった。

その省略してしまったセリフからは、絶望と犯行動機がうかがい知れる。

顔のひきつれも上手く表現できなかったので、マスクをずらして付けて妥協。

素材は、本家さんの『百日紅の下にて』で使用され、公開していただいているものを利用した。

この場を借りて御礼申し上げます。

 


追記:凶行の動機(書き損じ)

 慎吉はじめ家族に並々ならぬ怒りを感じていた要因のひとつに、本位田の跡取りの地位を奪われるのではないかという気持ちがあったかもしれない。

現代の感覚ではわかりづらいが、名家を継ぐポジションに生まれると、将来そうなるために育てられる(いわゆる帝王学)。

帝王学は自信と威厳を身に着ける可能性はあるが、生きる上で必要な自己肯定感を必ずしも育むものではない。

「跡取りだから」という理由付けで教育されすぎると、その後なんらかの理由で「跡取り」の地位を喪失あるいは脅かされた時、心が簡単に折れる場合がある。

今回の大助がこれに該当するかは判断できないが、復員すると祖母が弟と自分の妻を結婚させ家を継がせようとする様を目の当たりにすれば、「自分は何のために今まで頑張ったんだ」という気分にはなる。

 また、戦争で人が変わるということは多くあるらしい。

私事で恐縮だが、祖父や大叔父から復員当時の話を聞くと色々な事があったと聞いている。
一般家庭でそうなのだから多くの家でもそうだったのだろうと推測している。

 

秋月伍一

 大助の異母兄。

大三郎の二重瞳孔を継ぎ、大助よりも1ヶ月早く生まれたにもかかわらず本位田の恩恵なく、秋月家の男子として育つ。

姉のおりんが本位田家全体を憎んでいるのに対し、伍一は憧れを抱いていた。

一方で、大助に対する恨みはおりん以上に持っていた。

 

 原作では、子供の頃は大助と瓜二つだが、成長するに従い性格だけでなく外見も変化している。

それが出征先で同じ環境におかれた時、二人の外見が似通う。

かつて狭い村で噂の種にされ不遇だったが、出生に対する先入観がない戦地で、ある意味大助と等しくなったことが今回の復讐を後押ししたのではないかと思われる。

 

 大助の妻とかつて関係があったという噂、原作では一応否定されている。

解釈や翻案次第では「実は噂は本当」とも考えられるが、私は噂の否定で納得しているので特に考慮しなかった。

ただ、梨枝は大変な美女らしいので、伍一が憧れを抱いていたり手痛い失恋をしている場合は考えられないことはない。

動画では、本位田家への執着と大助への恨みを動機として強調したかったため関係を一切否定したが、伍一は梨枝にも特別な思いがあったとすると、話が変わって面白いとは思う。

 

秋月りん

 伍一の姉。

子供時代は「縮れっ毛で愛嬌にとぼしい陰気」、成人してからも「妖婆」とロクな描かれ方をしていない。

父親・善太郎からの「本位田家憎し」の徹底教育により、没落の運命だけでなく親からの呪いを一身に受けた不遇な人。

それを歳の離れた弟にもするあたり、善太郎の怨霊ともいえる。

 

 当然だが、復員してきた大助が弟ではないことは確信していた。

ただ、どっちが生きて戻って来ようと関係なく、これを好機と復讐をしていたとは思われる。

弟とはいえ、伍一も本位田の人間という意識があっても不思議ではない。

形見として渡された手帳に今回の復讐計画が詳細に書かれていたとは思えないが、気持ちは感じ取っていそうである。

どうでもいいが、復讐を無事遂げた彼女は今後どう生きるのだろうか。

 

 配役の【ゆうか】は「ゆうかりん→おりん」の一人連想ゲームで決める。ふざけててすみません。

 


本位田梨枝

 大助の妻。

義妹の鶴代曰く、話しかけられると緊張してしまうくらい美人

彼女をどういう女性と捉えるかで物語の様相は変わる。

ドラマ版が「悪女ではない」が「義弟と相思相愛」だったので、動画では「妖しい」が「夫に一途」の方向にした。

 

 最期までに本物の大助と気づいていたか否かだが、これも性格の位置づけと関連して変わる。

もし気づいたとしても、疑惑が事実か否かにかかわらず、不貞疑惑を打ち明けるのは難しいとは思うが。

今まで別々に寝ていたのが、物盗り騒動の日は寝所を共にしていたため、大助が本物で自分の不貞を疑っていると確信したと個人的には思っている。

 

 配役の【さなえ】は、本家動画の妖しい美人のイメージから。

 

本位田槇

 大助、慎吉、鶴代の祖母。

高利貸しで財を成した庄次郎の妻にして、大三郎の母。

かなりしっかりした人で、亡き夫や息子に代わり本位田家を支えている。

ただ、寄る年波には勝てないためそれに限界がきていた。

 

 良き祖母ではあるが、家を守らなければならないという使命や価値観から、嫡男の大助と妻の梨枝にプレッシャーを与え、間接的に大助の凶行を後押ししてしまう。

 

配役の【せいが】は、髪型で決定。

あと、普通の目バージョンで使いたかったから。

 


小野昭治

 小野家の子息。

どちらかの腕に「御意見無用、命大安売り」というなんとも形容しがたい刺青がある。

原作では脱獄囚として登場するが、動画だと説明が長くなるので省略。

 自身の生まれは神戸だが、継母との折り合いの悪さから少年時代の3、4年間をK村の親戚の下で育つ。

成人する過程で不良化するが元々の性質は人が良く、子供の頃を知る人々は同情していた。

 

 なぜ本位田家に忍び込んだかは原作では明らかでない。

推測だが、慎吉から小野家の屏風の話をされ、興味があったが堂々と見に行ける立場でないため忍び込んだと思われる。

ただ、動画だと屏風を蔵に入れていた描写と、昭治が脱獄囚の描写を省略していたので分かりづらかった。

 

 配役のてんし改め【てんこ】は脱・新宮利彦を図るため。

 

本位田慎吉

 本位田家の次男。

結核で召集解除となり、戦後は療養所で家族と離れて暮らす。

ただ、使用人の鹿蔵が度々お見舞いに来ていた上、月に1~2回は帰宅、大助不在時は本位田家の精神的支柱だった。

文学者を志した青年だが、自分より妹の鶴代に才能を見出す。

あの「恐ろしい妹よ」の言葉には、想定以上の才気を見せたことへの喜び、引き換えに命を奪ってしまったことの悲しみ、そう仕向けていった行為や喜んでしまった自分への嘲りが読み取れると思っている。

 

 作中では彼がどんな人物か具体的に言及されていないが、描写からして理知的である。

原作でも否定されているように、思慮深い慎吉が梨枝と特別な間柄になることは考えにくい。

関係があったという翻案も可能ではあるが、悪意ある嘘や思い込みの恐ろしさを表現したかったため考慮しなかった。

 

 慎吉が最後どうなったかは明らかにされていない、考えられるのは「自首」か「自死」。

私は初読当時は金田一の顔を立てて「自首」したと思った。

しかし改めて読み返すと、昭治の厚意を思えば出頭しづらいとも考えた。

また、この世に未練もない様子でもあった。

私個人の見解だが、金田一に真相を託し、慎吉はひっそりと死んでいったと思っている。

もし生き残ったとしても、情状酌量で出所となり、亡くなった家族の菩提を弔う道を選ぶだろう。

 

 配役の【らん】は、鶴代や大助の配役関係から。あとは狐が決め手。

 

本位田鶴代

 本位田家の長女で、事件の語り手。

先天性心臓弁膜症を患い、外出ができない。

手紙では次兄の慎吉を慕い、時には「兄さん助けて!」と頼るいじらしさがある一方、淡々と真相を看破する冴えた思考を持ち油断ならない。

 

原作では最後「彼女のような弱過ぎる心臓と、鋭過ぎる頭脳を持った少女は、長く生きていないほうが幸福であろう」と慎吉が振り返る。

これが物語のやるせなさを集約する。


 無論、この言葉は慎吉や作者の本心ではないと思っている。

ただ「幸福であろう」とそのまま表現すると、脚本・演出の力不足で額面通り受けられてしまう虞と、私自身がそう言い切ることが出来なかったため、疑問形に変えてしまった。

この決断は正しくなかったのではないかと今でも葛藤がある。

 

 いつか【ちぇん】を主演にと考えていたので、配役はその念願を叶えた。

あと、同じく動画投稿者の蒼天退路さんのアイコンに「ちぇえええええええん」となっていたから。

 


煮詰められた感情の行く末

秋月姉弟が抱き続けた「憎悪、羨望、復讐心」

大助の「焦燥、嫉妬、愛情」

梨枝の「貞淑」とお互いを慎ましく愛するからこその「すれ違い」

祖母の孫を思う「期待」と先々代の妻としての「使命感」

昭治の「好奇心」と「友情」

どうにかしようと「責任」から抱え込んでしまう慎吉

真実を導く「聡明さ」を持ってしまった鶴代

全員が精一杯生きる――だから起きた。

金田一の存在

 なぜ金田一が登場するのか。

メタ的なことは冒頭の原作についてで述べた通りのため、ここでは「物語として」の視点で述べる。

この物語における金田一の大きな役割は「当事者たちの心にあるしこりを取り除く」ことにあるよう思える。

 

 金田一という探偵は「最後まで手の内を見せない」探偵手法のため、被害が食い止められるケースは多いとはいえない。

この事件に関しては推理もしておらず、この物語に名探偵金田一は必要ではないと思う人もいるかもしれない。

……が、慎吉の立場を考えると無関係の第三者が真相を知っているというだけでも救いになるのではないかと思う。

仮に金田一のような人間がおらず事件が明るみにならなかったとしても、慎吉の性格からして一生その影に苦しめられる。

 

再調査の理由

 獄門島からの帰りに金田一が事件の再調査をした理由は不明である。

多くを語るとネタバレになるが『獄門島』の事件は因果に縛られた人々が起こした悲劇であり、金田一は焦燥感を抱きながら島を後にしている。

自身は「探偵として事件解明するのが使命であって、それ以上のことはできない」という気持ちがあったかもしれない。

そこで本位田家殺人事件の中で、因果に苦しみながら良心を捨てきれない慎吉に出会い、あのような対応をして去っていったと私は考えている。

 

 非常に興味深い考察をされている方がいるので、是非とも見ていただきたい。

【参考】Y先生が金田一から手記を受け取った時期について→ 金田一耕助事件簿編さん室(金田一耕助博物館)

 


最後に

 個人的に『車井戸はなぜ軋る』の更なる映像化舞台化を望んでいるが、実現される気配がないため泣く泣く自給自足する。

動画自体は5月下旬に出来ていたが、色々とバタバタしておりこの度の公開となった。

長編の名作を期待される方々には非常に申し訳ないが、手掛けるだけの余裕が今の私にはないことをお伝えし、ご理解いただきたく存ずる。

 

 2019年現在、ドラマ化1回漫画化1回のみと認知度は低いかもしれないが、この作品のミステリとしての合理性と哀愁ある雰囲気は絶品であり、シリーズに興味を持った方だけでなく「横溝正史の作品はオカルトっぽくてちょっと」という方にも知っていただきたい作品であった。

まあ、私が言うまでもなくなのだが……いいからもっと映像化するなり舞台化するなりなんなりしてくれよな……

他にもおすすめしたい作品はあるが、多くのファンの方々が語っているのでそちらも参考にしていただけたら幸いである。

 

参考

・横溝正史『本陣殺人事件』角川文庫

・横溝正史『日本探偵小説全集9 横溝正史集』創元推理文庫
「重瞳」Wikipedia

「虹彩離断 (こうさいりだん)」後遺症事例

・川田『火ノ丸相撲』集英社

「エミリー・ブロンテ 生誕200周年 - 「嵐が丘」を世に生み出した女流作家 -」ニュースダイジェスト

「ブロンテ姉妹について」日本ブロンテ協会

エミリー・ブロンテ、鴻巣 友季子 (訳)「嵐が丘」新潮文庫

・エミリー・ブロンテ原作 映画『嵐が丘』(1939)

「車井戸はなぜ軋るー金田一化の真意ー」横溝正史エンサイクロペディア

金田一耕助事件簿編さん室(金田一耕助博物館)

「芦屋道満大内鑑~葛の葉」歌舞伎演目案内

・マングローブ『サムライチャンプルー』

楠山正雄『葛の葉狐』青空文庫

信太森葛葉稲荷神社

コメントありがとうございます!!
JETさんが描く金田一は、くたびれ感と色気のバランスが素晴らしいですよね。

実はJET版「悪魔の寵児」は未読なので、これをきっかけに電子書籍購入します!

これからもよろしくお願いします!

コメントをお書きください

コメント: 3
  • #1

    テン (月曜日, 15 7月 2019 23:32)

    はじめまして。まさか、この作品が投稿されるとは思っていなかったので驚きました。
    私もドラマ、漫画で読んでいましたが、どちらも梨枝が惨殺された理由が特に説明されていなくてモヤモヤが残っていたのでスッキリしました。
    ドラマでは救いのある内容となっていましたが、どちらかというと別もの(作品タイトルも「水神村殺人事件」)ですし

    漫画で思い出しましが、漫画の「車井戸はなぜ軋る」を書いたJET氏の「悪魔の寵児」は金田一作品のエログロ要素を詰め込んだ作品なのでお薦めしておきます。

    また楽しみに視聴させてもらいます。

  • #2

    (日曜日, 08 9月 2019 20:06)

    控えめに言って最高でした。

  • #3

    名無し (土曜日, 11 4月 2020 10:18)

    金田一登場時の音楽の入り方最高でした
    他の方も勧めてらっしゃいますがJET氏コミカライズの悪魔の寵児私からも強くお勧めします