「点と線」は殺人のトリック、「ある小官僚の抹殺」は汚職そのものの仕組みと悲劇的な心理を描く。

拙作の動画は「点と線」の舞台設定ままだが、「ある小官僚の抹殺」も参考にしたため、２つを原作として扱う。

両作品の内容と発表時期、研究者の多くが「点と線」をきっかけに「ある小官僚の抹殺」が生まれたとしているためである。

作者：松本清張（1909～1992）

初出：1957年
　　　旅行雑誌『旅』2月号

収録：『点と線』　光文社、文藝春秋、新潮文庫

作者：松本清張（1909～1992）

初出：1958年

　　　雑誌『別冊文藝春秋』2月号

収録：『駅路　傑作短編集6』新潮文庫

原作では、丁寧に事件現場となる香椎について丁寧に描写され、それを語るに以下の用語が出る。

官幣大社＝神社の社格を示す言葉。ここでは近代社格制度（終戦後廃止）での社格をいい、上の格に位置する。

香椎宮＝14代仲哀天皇とその妃・神功皇后を祀る勅祭社。

　　※神功皇后は巫女的役割を果たし『日本書紀』で、香椎を拠点に朝鮮出兵したとされている（記述の信憑性は疑問）。

残の島＝現在の残古島。『万葉集』にも登場。
志賀島＝博多湾に浮かぶ島。後漢の光武帝が倭の奴の国王に贈ったとされる金印が、江戸時代に発見されている。

太宰帥＝律令制度下、九州内政と国防外交を司る「大宰府（太宰府）」の長官。

大伴旅人＝奈良時代の公卿、歌人。『万葉集』編纂に関わったとされる大伴家持の父親。

そもそも、香椎という地名は仲哀天皇崩御の時、棺から椎の木の香りがしたことに由来する。

これだけ古い伝承ある土地だが、今は周辺の埋め立てがされ、当時のような眺望は見られない。

　本作で登場する課長補佐は、法案や予算の作成、国会答弁の作成を担ういわば省庁の主戦力になる

（大臣決定、行政府の最高意思決定の閣議決定になることが多いため）。

管理職でないので一応は残業代がつく（ことになっている）が、給料に見合わない。

国会（政治家）対応の仕事が最も過酷で、誰のために働いているのか分からなくなるらしい。

しかし、この地獄を経験しないと出世コースに乗れないとのこと。

 　上記のように、贈収賄などの犯罪の発覚は、二課刑事の努力が大きいが、そのきっかけの多くは密告にある。

密告者の心理は２つ。

１つは組織の利益を優先するか公益を守るかで葛藤し、結果として密告する場合、もう１つが汚職による自己の利益が他者よりも少なく不満を持つ場合である。

実際の密告は、この２つの心理が複雑に絡んでいることが多い。

現在、二課刑事による捜査が昔より困難になっている反面、公益通報者保護法（2006年施行）により、社会が告発に対して寛容になったが、まだまだ不十分な点は多い。

　飛行機が一般的な乗り物になったのは、1962年頃。

アメリカ空軍によって高バイパス比ターボジェットエンジンが開発され、燃料消費率が大きく向上がきっかけとなる。

そして、ボーイング747などのワイドボディ機の登場で、乗客一人あたりの運航経費が引き下げられた。

大戦後、欧米や日本では安価な原油価格の下で経済成長が進んだことも後押しされ、やがて長距離旅の花形となった。

　本作に話を戻す。

トリックの批判の一つとして「飛行機利用の考慮の遅れ」が指摘される。

当時の人の飛行機に対する意識は定かでないが、1956年の階層間格差と意識あって、成り立ったトリックと考えている。

私はこの時代を知らないので、三原のことを手放しに批判できない。

一方で、当時を知る人の中には「飛行機利用考慮の遅れ」に違和感を覚える人もいるという話もあるため、動画では北海道出張の段階で考慮を始めさせた。

以下、ネタバレを含むので注意！

・第一章「目撃者」、第二章「情死体」、第三章「香椎駅と西鉄香椎駅」、第四章「東京から来た人」をほぼカット

・序盤、鳥飼と三原の会話する場所（原作は実際に事件現場に足を運び、２つの香椎駅での実験もする）

・四分間に気づくタイミング（原作は本庁で主任に報告したのち）

・安田を訪問する時期（原作は序盤２回に対し、動画では序盤１回と終盤１回）

・飛行機の利用を疑うタイミングと人（原作は北海道出張から帰京後、三原自身で気づく）

・事務官の警視庁への回答のタイミング（原作は北海道出張から帰京後）

・鳥飼と三原の交流（原作は手紙でのやり取りで、実際の対面は冒頭のみ。鳥飼の東京出張なし）

・汚職事件と官僚の自殺をめぐる心理描写（より詳細な「ある小官僚の抹殺」を参考）

・被害者と加害者の関係、それを利用したトリック（原作は全てが明らかでない）

・事件解決後の三原の九州旅行（原作は「今度行きます」と手紙で終わる）

　1956年は国鉄（現JR）の東海道本線（東京ー神戸間）が初めて路線が電化された年である。

これに倣い、他の路線の電化が進められていたが、当時はまだ多くのSLが現役で走り続けていた。

そのため、動画内で使われている駅ホームの音は時代にそぐわないが、忠実に再現する手間と、駅に来た分かりやすさを考慮し、現代的な駅ホームの環境音にさせていただいた。

登場人物

　博多出張をきっかけに「東京駅での４分間」の目撃に疑問を持つ。

推理物によくある名探偵のような推理力は無く、思った成果が得られずに一喜一憂することが多い。

事件から４年後には捜査一課に移動するも、相変わらず鳥飼を慕い交流が続く。

　原作の「童顔」をヒントに【ようむ】を起用。

汚職事件に対してどんな心情なのかハッキリ描写はないが、動画ではそれを語ってもらった。

　誰も耳を傾けなかった情死に関する疑問について、興味を持ち聞いてくれた三原に好印象を持つ。

アリバイ崩しに難航する三原を勇気づけたり、以降も公私に渡って二人の交流が続く。

　見た目の描写から「刑事コロンボ」を思わせるため、本家ゆっくり文庫でコロンボを演じた【めーりん】の起用を検討したが、拙作ではベテランぽさと、三原との凸凹コンビ感を出すことを優先し【かなこ】にする。

原作よりもリア充感が増してしまった。

　三原の上司の警部。

佐山の情死に関連する事件の指揮を執る。

威厳よりも茶目っ気ある温和な人柄、捜査にもかなり協力的、情死調査に難色を見せる上層部に掛け合い、影から支える。

　三原が【ようむ】なので自動的に【ゆゆこ】になる。

原作では三原の捜査に対し受け身だが、話を進めるため超積極的になる。

　XX省の課長補佐で、実務のエキスパート。

汚職事件の内情を知る人物であるため、上司に累が及ばないよう愛人と自殺したと思われていた。

大人しく実直、自分の事を語りたがらない性格ため、料亭の女中であるお時と発見された時は周囲を驚かせた。

親しい友人や兄曰く、三年前に妻を亡くしたが再婚の薦めに応じず、何やら恋に悩んでいたとの事。

そして、お時と「あさかぜ」に乗り込む姿を目撃された事から、二人は恋仲であり情死したとして処理される。

　配役決定は難航した末、あみだで【こーりん】に決める（以降、前作の「恋情」と逆の配役で考える）。

原作では、佐山の思い人が誰か明らかではないが、動画では亮子としてトリックに利用した。

生前の描写は少ないが、「誠実な人柄」を利用されたところを強調した。

　赤坂の料亭「小雪」の女中。

 本名を桑山秀子といい、故郷の秋田に年老いた母がいる。

省略したが、過去、結婚していたが亭主運がなく離婚、以降は上京していた。

佐山と同様、自分の事を語らないため、仲の良い同僚の女中も彼女の事情は知らず、人柄も原作で明らかにされていない。

愛人関係を続ける中で、より多くの謝礼を望んで消されたのか、本当に安田を愛してしまい面倒がられたのかも分からないが、後者で考えて翻案した。

　配役は佐山との関連で【ありす】、そろそろ愛人でない役をあてがいたいと思う今日この頃である。

動画では母が病気のため、実家へ仕送りしているという設定にした（【2007年】ビートたけし版の事情は、より深刻）。

　日本橋の機会商で「小雪」の上客。

XX省への納入は少ない為、汚職自体の捜査ではノーマークだった。
しかし、石田部長との個人的な結びつきが強く、彼が汚職事件で懊悩している際、佐山の始末を提案し請け負う。

愛嬌があり人当りが良いが、慎重で計算高く、更に成功者としての自信と圧を兼ね揃えていたので、三原だけでなく石田も苦手意識を持っていた。

特に、佐山を殺した安田に石田は恐怖心を抱いていたよう書かれていた。

そのため、安田が再登場した際は、少し気が大きくなったように描写した。

最期については、はっきりしていない。一応は心中とされているが、亮子の無理心中という見方もされている。

亮子一人に罪を擦り付けようとし、返り討ちにあったという見方も出来るが、動画では可能性の示唆にとどめた。

お時については、愛情も罪悪感も一切ない。

　配役は前作「恋情」の逆パターンで考え【れみりあ】となる。

おっさん役は荷が重いかと思ったが、役柄を固定したくなかったので押した。

　安田の妻、結核を患い鎌倉で療養している。

動画で解説した通り、播種性肺結核症は結核症の中でも特に重篤で、現代医療において治療は可能だが長期入院が必要、致死率が約20％と高い病気である。

　医師の努力で安定し数日は出歩けるとのことだが、患っていること、汚職自体への関連が薄いので捜査対象外としてはみられていた。

随筆「数のある風景」、お時のアパートに「青山」と名乗る女から度々電話があったことから捜査上に浮かぶ。

　お時に会い、彼女の宿代を払う様子から、愛人関係を公認していたとされているが、同時にお時に対して憎悪を抱いていた。

原作の三原から鳥飼への手紙には「冷たい女」と言われていたが、夫への想いゆえに愛人に対して冷酷だったと考えれば、情の深い女とも言える、いずれにせよ後年の作品から見るに、作者は「冷たい」と思ってはなさそうである。

　前述の事情で【ぱちゅりー】を配役、東方での設定からして妥当だと個人的に思っている。

純粋さゆえの不気味さを出すため、悪い顔はさせなかった。

考察

　原作において、佐山とお時を４分の間、15番線ホームにどうやって歩かせたかが明白ではない。

これについては長年、清張のミスと言われている（個人的には重要視せずに連載していたのではと考えている）。

しかしそれでは元も子もないので、色々と考え動画化したつもりではある。

ただ、どうやって指定時間内にホームに出現させたのかは盛り込めなかった。

自分なりの考えは以下の通りである（かなり強引なので注意）。

佐山の場合
石田から「福岡に逃避していろ、安田が手配する」「切符の受け渡しは安田から」と指示されていた。

そして、安田から「自分からだと目立つので、妻から受け取ってください」と言われ、鎌倉へ。

亮子が時間調整する。

お時の場合

事前に、安田と熱海旅行を計画、切符を渡しておく。

当日、お時が家を出る頃に亮子が電話をかける。

「安田が仕事の急用で、延期になるかもしれないから次の電話があるまで待機していて欲しい」と告げる。

時間調整後、亮子が再度電話、「先に行って欲しい」と伝える。

　なお、5日間どうやって二人を待たせていた。

佐山については「汚職の問題が片付いた時点で安田から連絡がある」で問題はない。

お時は不審に思われるおそれがある。

これは恐らく、亮子とは別に内緒で、安田がお時がいる熱海に連絡を入れて宥めていたと考えられる。

以上の考えは、強引で成功率が低い。

しかし、あまり考え過ぎると動画作成中止になるため、妥協させていただいた。

この破綻気味な考えが首の皮一枚でつながる方法が、佐山とお時の感情（動画で言う、安田と亮子に対する恋慕）と考え、オリジナル設定として盛り込んだが、未熟な翻案だったという気持ちがぬぐいきれない。

　短編「ある小官僚の抹殺」では、上司が部下を追い込む様子を「因果を含める」と表現している。

これは単純な恫喝ではなく、温和で時には家族を思いやる言葉がある。

だが、そこには底知れぬ冷たさと威嚇があり、語気を強めた調子で無理強いするというより、弱い方へと誘導するのに近い。

政治家や業者のように図太くない彼らは、錯乱状態になり、多くが追い込まれたり判断を誤って殺されるとされている。

　実際の公職者による汚職でも、主犯は上層部や権力資力を持つ者が、実務や仕事に精通する部下を抱き込むことが多い。

無論、下の者が主犯の例外（2009年、郵便不正事件）もある。

大抵は上の立場の人間が犯罪を主導している事が多く、その割を食うのは部下ということが多い。

それは、実際に不正を実行するのは部下であるため、真っ先に捜査の矢面に立たされるからである。

現在において「ある小官僚の抹殺」のような露骨な暗示や、生き方の多様化、防衛として退官する手段が許される風潮はあるが、昨今でも官僚の自死は後を絶たない。

あるキャリア官僚が仕事で凡ミス（コピペミス）をした事を苦にして自殺未遂を起こした、というような事が笑い話として世間に知られているが、その精神に追いつめられている現状や空気はかなり深刻なものである。

そこには、公職として遵法の精神を基本に業務をすることが求められている他、少々の失敗や道を外れること許さない不寛容の風潮があるよう思われる。

　個人的に「点と線」の醍醐味は、真実を導くことを諦めない主人公達の姿にあるよう思う。

今回の動画はそれが損なわれないよう作成することに心血を注いだ。

ただ、物語やミステリーとして、それが面白いかどうかには正直言えば自信がない。

もっと良い方法や演出、脚本で動画に出来たのではないかと悩むものを投稿するのは忍びないが、これ以上悩み続けるのも苦しいので公開させて頂いた。

いつも以上に余裕ない動画になった事はお詫びしたい。

【参考】

・松本清張『点と線』光文社、新潮文庫

・松本清張『駅路　傑作短編集6』新潮文庫

・松本清張『随筆　黒い手帖』中公文庫

・松本清張、阿刀田高（編）『松本清張全集　第一巻　点と線・火と汐』中央公論社

・松本清張、原武史（編）『松本清張傑作選 時刻表を殺意が走る―原武史オリジナルセレクション』新潮社

・松本清張、浅田次郎（編）『松本清張傑作選 悪党たちの懺悔録―浅田次郎オリジナルセレクション』新潮社

・塩澤実信『ベストセラー作家 その運命を決めた一冊』北辰堂出版

・原武史『100分de名著　松本清張スペシャル』NHK出版

・楊華「松本清張の初期作品の社会性について ――『点と線』から『ある小官僚の抹殺』へ」国際文化論集

・西日本鉄道株式会社HP

・JR九州（九州旅客鉄道株式会社）HP

・『名機100』酣燈社

・『超巨人旅客機エアバスA380―夢の旅客機、2階建て850人乗り』ワールドフォトプレス

・『ボーイングvsエアバス―旅客機メーカーの栄光と挫折』アリアドネ企画

・関係者

・関連法令（刑法、刑事訴訟法、警察法、風営法、公益通報者保護法）

【追記】

コメントありがとうございます！

亮子の描写や物語の改変にかなり悩んでいたので嬉しいです。

これからも頑張ります！